和乃果、和乃顔。vol.6 | 豊好園 片平 次郎 × 茶通亭 植松 崇宏

2022.09.01

「お茶農家は楽しいのだろう」と思いながら生きてきた。

  • 片平
     僕は「片平家」の6代目。茶農家としては3代目になります。片平家初代の豊次郎さんは紙問屋。このあたりの紙漉きの紙を購入して、それを都市部(静岡市)で売る。生活物資を都市で買ってきて地元で売る。
    という商売をしていたそうです。紙問屋として財を築いた豊次郎さんが山を買い、3代目の喜好(きよし)さんの頃から農家となったそう。僕の祖父である4代目がお茶の栽培を始め、5代目の親父が自園になった時に豊好園を名乗りました。
    親父はとにかくお茶が好きな人間で、朝から晩までずっと楽しそうにお茶の話ばかりしていました。その姿を見ていた僕は「お茶農家って楽しいんだろう」と思いながら生きてきましたから、20歳の時に迷いなく就農しました。
  • 植松
     「静岡茶通亭」は100年以上続く製茶問屋。私の家も代々お茶屋でした。私は29歳の時に親父から会社を継いで、まもなく10年。茶師として、主に製茶における仕上げの工程に携わっています。

    「和乃果」のお茶は、実際にお菓子をいただき、お菓子に合うものをと提案させていただいたお茶です。シングルティーはご提案した10種の中から2つ、「三重上嶋」と「さえあかり」をお選びいただきました。
  • 片平
     「三重上嶋」を選んだのですね。「三重上嶋」は三重県の上嶋さんという熱い方が個人で作られた品種。かつ非常にレアな品種です。僕が育てる「三重上嶋」の品質は日本一という自信があります。

    話は少しずれますが、今の日本茶市場はドリンクシフトしていて、大量生産が主流になっています。“品質の良い”茶葉を育てるから“お金をとれる”茶葉を作ることが農家にとって良いになってきている。効率重視になり、昔ながらの手間を惜しまない茶葉づくりをしている茶農家がかなり減っているという現状があります。
  • 植松
     もう一つの「さえあかり」も優秀なお茶。独特な穀物香が特徴です。とはいえ、お茶の品種の差はお米の品種の差と同様に、言われなければ分からないことが多いと思います。淹れ方でも味わいは異なりますから。「和乃果」のシングルティーはぜひ「水出し」で味わっていただきたいですね。

日本茶の今。“飲む人が減っている”という現状。

  • 片平
     本当に、お茶の味わいの差がわかる人がすごく減っている。それは、日本茶を飲む人が減っていることが大きく影響していると思います。
  • 植松
     ただ芽が出るのを待っている茶農家の方がいる一方で、肥料から何からしっかりとお金をかけて栽培されている方もいる。どちらもお茶ではありますが、味や香りは大きく異なります。
  • 片平
     かつて手摘みだったお茶は、ハサミでの収穫になり、今は乗用茶摘機を用いてバリカンで収穫。お茶は経済植物だから、収穫の効率を考えることはもちろん求められます。実際、茶摘み(手摘み)を行うのはハイクラスのお茶のみ。手摘みのお茶は一番美味しい芽だけを確実に収穫しますから、見るからに良いんです。芽以外の部分が混ざって、味がボケることがありません。

    お茶は嗜好品ですからどれが美味しいという正解はない。高いお茶が美味しいかといったらそうでもありません。けれど、味わいの差をきちんとわかる人が少ないというのは少し残念。日本茶と遠縁になる人が増えすぎてしまったことで、価格と味わいの価値をしっかり理解できるのが、お茶を仕事にしている人間だけになってしまっているように感じます。
  • 植松
     確かに、いろんな価値が値段に変わっている時代ですね。
  • 片平
     例えば「歩いて30分かかる畑で作っているんです」とか、「うちしかないんです」とか。嗜好品だからこそ、価格に変えられる価値を色々と付随することもできる。お茶の商売の在り方は確実に変わってきています。

茶農家はクリエイティブ。1+1が、3や4にもなる。

  • 片平
     今、「豊好園」で最低35キロの収穫量をクリアし、お茶として販売できるのは26、7品種ほど。うちの多品種栽培はエスカレートしていて、国や県の試験場の人から「新しい品種ができたから植えてくれ」と言われることも増えています。

    個性の強いお茶を多数生産するのが大好きで、どんどん新しいお茶を植えて栽培を試みていたのは親父の頃からでした。時代がやっと親父のやってきたことに合ってきたと感じています。ちなみに僕自身は栽培よりも、製茶が好きなタイプの茶農家。“採る”だけじゃない。茶農家ってクリエイティブなんです。
  • 植松
     お茶の味わいはまず栽培によって変わり、その後、人によって全く異なる製茶でさらに変わる。さらには仕上げの工程でも大きく変わります。我々のような問屋が行う焙煎によって、同じ生産者のお茶もガラリと変わります。

    「和乃果」のシングルティーは、次郎さんが最後まで仕上げるお茶。本来であれば我々製茶問屋が、荒茶の状態のお茶の葉を買い取って焙煎することが多いのですが、「三重上嶋」も「さえあかり」も弊社で焙煎するよりも、次郎さんのところの焙煎で仕上げた方がお茶の良さが引き出せるとお任せしています。
  • 片平
     僕はギリギリ青臭さが飛ぶくらいの温度で火入れをして、だいぶ生々しく仕上げています。生っぽい香りを残しながらゆっくりと水分を飛ばします。いわゆる「お茶」の香りではなく「茶葉」の香りが濃く残りますから、もしかしたら人によっては飲みにくいと感じるかもしれません。
  • 植松
     「みる芽」と「濃い芽」のブレンドティー2種は強めに火を入れて弊社で焙煎。茶葉の爽やかな香りというよりも、お茶の香ばしい香りを感じられるお茶に仕上がっています。

    ブレンドの面白さは、いいお茶といいお茶を混ぜて1+1が2になることもあれば、3や4にもなることもある。一方で、いいお茶同士でも不味くなってしまうこともあります。色・香り・味。それぞれのお茶のいいところ取りを考えて配合を変えながら、ベストなバランスを探す。本当に、お茶の世界はクリエイティブな仕事だと思います。

意思をもって選び、味わう。

  • 片平
     お茶は自然のもの。毎年同じものを作ることはできませんし、いわゆる“当たり・ハズレ”は絶対にあります。けれど、僕自身はあまり気にしていないんです。人間のものさしで、お茶たちを計っちゃいけないよなと思うなどしていて(笑)。
  • 植松
     お茶の世界は、長い間「売れればいい」という思考のもと、特徴のあるお茶よりも、平均的なお茶を作るのがよしとされていた時代が続きました。だんだんとお茶が売れない時代になり、茶農家を継ぐ人も減ってしまった。それが最近、次郎さんのような若い方がこだわりを持って、特徴のあるお茶を作ろうとしてくださっていると感じています。
  • 片平
     僕は親父と一緒でとにかくめちゃくちゃお茶が好き。茶農家として、ちゃんと手入れし、ちゃんとおいしいお茶を作り続けたい。ただ、それだけです。

    「和乃果」のお茶は素材そのままのシングルティーとブレンドティー、浅蒸し・深蒸しと両極端なお茶のラインナップ。色も浅蒸しのシングルティーは黄金色、深蒸しのブレンドティーはお茶らしい緑色と違いがあって楽しいと思います。
  • 植松
     飲み比べたり、お菓子に合わせて味わったり、好みで選んで、楽しんで飲んでほしいですね。

片平 次郎
豊好園 茶農家3代目

静岡市清水区両河内の茶農家「豊好園」の3代目。20歳のときに就農してお茶の仕事を本格的に始め、現在は父のあとを継いで25種類以上の品種茶・玉露・煎茶・ほうじ茶・和紅茶など栽培。自社の工房で製造も行っているほか、世界各地に高品質な日本茶を届けるグローバルな茶農家として活動する。

植松 崇宏
株式会社 静岡茶通亭 代表取締役

静岡県沼津市に本社を置く、製茶問屋「静岡茶通亭」代表取締役。1909年の創業以来「日本茶の本当の美味しさを伝え続ける」を理念とし、ひとすじに100年以上お茶をつくり続け、自らも会社経営のかたわら、茶師として製造に携わり続けている。

撮影:武部 努龍 文章:小栗 詩織 撮影協力:豊好園