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「和乃果」のストーリーを、どう伝えるか。
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保坂昔、東京・外苑前にあるレストラン「Florilege(フロリレージュ)」に感動したんです。すごく美味しいし、何より一皿ひとさらにストーリーがある。空間も含め、僕にとってずっと忘れられないお店になっていました。
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甲斐そうなんですね。いや、素晴らしいですよ。川手シェフの料理は。
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保坂今回、「和乃果」の内装をどなたにご相談させていただこうかと検討していた際、甲斐さんの施工例に「Florilege」を見つけました。あのレストランを手がけた方なら間違いないなと。ぜひお力添えいただきたいと思いました。
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甲斐僕のほうは最初に200年の武家屋敷を利用したお店をやるのだと教えていただき、もうそれ、めちゃくちゃいいな! と思いました。
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保坂とはいえ地方でしたので、お引き受けいただけるかどうか不安な部分はありました。
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甲斐もう全然! 土地も予算も、それぞれに合わせるというのは僕のデザインのやり方としてなにも問題ではないんです。一般的にデザイナーというと、押しの強いイメージや、自分の主張を曲げない人というイメージがあるかもしれません。でも僕は、デザインは商業がベースだと考えています。常に相手がいるんです。自分がやりたいことをやるだけなら、その人はアーティストであればいいですからね。
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保坂僕らの「和乃果」というのは、ストーリーをどう伝えるかに重きをおいて考えていました。提案してくださった「農」というコンセプト。あれがもう、まさにこれだ! というものでした。
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甲斐ありがとうございます。僕自身いつも“どのようにブランドを築いていくか”とストーリーを自分なりに描いてみるんです。最初に思ったのは、東京を模倣したデザインをしてもしょうがないということ。「らしさ」「だからこそ」というのをしっかり表現するのが核心だろうということでした。それで、山梨ってなに? に立ち戻って考えることにしました。
地方であるということを、受け入れるということ。
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甲斐山梨ってなに? と掘り下げてみると、やはり農業ですよね。どこに行っても緑と土が広がっているわけです。
果物については商品で絶対的に主張されることを伺っていましたので、店舗デザインにおいては果物から視線を外しました。そうすると残るのは人の手。農作業のイメージになります。さらに深堀りすると、あらゆる農作業はすべて「土」につながる。空間は「農」と「土」をしっかり表現したものにしようと思いました。
のどかで、春になったら花が咲いて、土の匂い、川の匂い、果物の香りが土地に染みついている。そういうものが山梨のよさだと思うんです。だから、まずは地方であることを受け入れる。例えば駅前のビルの店舗であれば、まったく違うお話ですよ。 -
保坂牧丘の、武家屋敷でやりたかったんです。
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甲斐だからこそ、あの土地の条件を受け入れることがはじめの一歩。そこからディテールを詰めていき、思いっきり洗練させて仕上げようと思いました。
「極力デザインしない」という選択。
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保坂「カウンターだけのお店にしたい」と大胆なお願いをしましたよね。
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甲斐そうですね。それならば、土で仕上げるカウンター。それだけで「和乃果」を表現しようと計画しました。何よりも大切なのはあの武家屋敷に馴染ませること。素材感・手作り感は不可欠。一方で空気感としてモダンさや洗練という要素も考えなければいけないと思いました。
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保坂素朴なんだけどかっこいいんですよね、うちの空間。
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甲斐あの空間は何をしなくても完成されているんです。天井の高さや、梁のダイナミックさ、圧巻ですよね。だから、余計なことはしない。極力デザインしないという手法をとりました。そうしてシンプルを突き詰めるからこそ、カウンターがより目を惹くようになります。
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保坂あのカウンターは「和乃果」のアイデンティティーですよ。
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甲斐カウンターの左官は10センチと、普通では考えられない厚みのある仕上げになっています。なぜかというと、あの武家屋敷において、ハリボテ感は絶対に出してはいけないと思ったから。それに僕、ものが持つパワーって存在すると思っているんです。
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保坂興味深いですね。
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甲斐例えば、本物の木を使った家と壁紙の家では空気感が違いますよね。「和乃果」でいえば、カウンターに本物の土を使って、厚みのある左官で仕上げる。3ミリ塗るだけでもよかったのですが、3ミリと100ミリでは醸し出される空気が絶対に違うと思うんです。
あとは、カウンターの足元にうっすら間接照明を入れているのですが、この照明の有無でも変わります。重そうなのに、浮いているように感じる。これが洗練された印象をもたらしてくれる。角を綺麗にするために金物を入れたのも洗練を表現するディテールです。 -
保坂お客様がよくカウンターを気にされるんですよ。「これどうなっているんですか?」と聞かれることも多い。
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甲斐その一言を引き出すために、あれこれ考えを巡らすのがデザイナーです。「よく分からない」ではなく、「何だろう」と思ってもらう。近づいてみたいと思ってもらう。そのためにはどうしたらいいかと考えます。例えばあのカウンターがただの木だったら、きっと気にも留めてもらえないんです。だって、武家屋敷の梁の方がすごいんですから。
人をドキっとさせる、小さな裏切り。
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保坂照明器具も手づくりいただいたんですよね。
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甲斐「和乃果」の照明は、『陰翳礼讃』(谷崎潤一郎)を表現しているんです。照明器具の本来の目的は、暗いところを明るく照らすんですよね。でもそれは、機能。それだけじゃつまらない。光には、それ以上の価値があると僕は考えています。
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保坂照明の“かげ”が印象的なんですよね。
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甲斐そう、敢えて“かげ”を出すシェードをつくりました。“かげ”といっても、光が当たらない陰と、光が落とす影の2種類。どちらの“かげ”も愉しめるよう、内外でテクスチャーを変えて金物で仕上げました。
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保坂金物で仕上げられたことで、ここにもモダンさが加わりました。
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甲斐もしかしたら多くの人は「竹」で編まれたシェードだと思っているかもしれないけれど、あれ?と違和感を感じて興味を持ってくれたら嬉しい。僕は対比というのをとても大事にしていて、逆・逆・逆をやっていくのが楽しい。ちょっと裏切るというのかな、お客さんを。ちょっとずつ裏切ってあげると、人ってドキッとする。一方で、思ったままだと記憶に残りません。あとは、人の手が加わった歪さも好きです。そういったちょっとのこだわりや考え方に興味を示してくださる方がいることをとても嬉しく思います。
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保坂甲斐さんにとって「和乃果」のプロジェクトはどのようなお時間でしたか?
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甲斐200年の武家屋敷。あの建物でやれる喜びがとても大きかったですね。せっかく山梨まで来て、もし駅前の雑居ビルだったらちょっとテンション上がらなかったと思う。あそこで、あの畑の中で、いや商売考えたら厳しいよ!といいたくなるようなロケーションで。何を成功とするか、何を失敗とするか、評価は商業的な数字だけでは計り知れないものがあると思いました。
これまでいろんなお仕事をしてきましたが、「和乃果」は今までのどれとも全くの別物。あれだけ古い建物、しかも魅力的な建物を舞台に、いかにストーリーを溶け込ませながら。しっかりと記憶して頂けるものに仕上げられるかの挑戦でした。きた人が、どう思って、どう感じて、どう帰っていくのか。空間を訪れ、一つでも記憶に残ったら勝ちなんです。
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甲斐晋介
株式会社エスキス 代表取締役兵庫県出身。信州大学社会開発工学科(建築) 卒業後、信州大学工学系研究科社会開発工学専攻(建築) を修了。数社のインテリアデザイン事務所、建築設計事務所、企画会社を経て、2014年に「株式会社エスキス」を設立。飲食店など商業施設のデザイン・企画を得意とし、クライアントの成功をデザインでサポートするデザイン事務所として実績を積み重ねている。
撮影:武部 努龍 文章:小栗 詩織 撮影協力:株式会社エスキス