和乃果、和乃顔。vol.3 | 古屋 絵菜

2022.04.29

「和乃果」は、ブランドイメージが遠くないと感じた。

 「和乃果」との作品づくりを快諾したのは、保坂東吾さんの言葉がピンときたから。「山梨のブランド価値を上げたい」という想いを聞き、「それなら、お手伝いできるかもしれない」と感じました。

 普段私は、生家のアトリエにて展覧会に向けた作品づくりをしております。展覧会は場所や描きたいイメージから趣旨を決めて花を選定し、実物を見てスケッチ。新しい花を描く際にはその歴史的背景や物語、意味合い、生物的な構造などを調べ、図鑑を作成しているかのように細かくデッサンすることからスタートします。

 それとは異なり、今回はご依頼者に想いがあり、それを表現する製作です。自身の作品を前面に出していただけるとてもありがたい機会ですが、作品の“色”とあまりにかけ離れるようであれば、お断りをさせていただくことも少なくありません。しかし、「こうしたい」「ああしたい」という保坂さんの想いを聞いているうち、「和乃果」が描くブランドイメージと、私自身の作品とが遠くないと感じました。描くのは山梨の果実やその花々。自分が担うべき仕事だろうという予感もありました。お菓子の試行錯誤が進められる中、私も作品づくりを始めました。

“味わい”と“香り”がイメージできる作品づくり。

 「和乃果」の商品はお菓子をはじめ、口にするものです。作品づくりにおいては「味わい」を感じられるものにしようと思いました。

 花を描く際には、視覚的な構造への理解を深めることはもちろん、「五感のドローイング」という作業を行います。それは、抽象画を描くようなイメージのプロセス。手触り、肌触りなどの「触覚」、静けさ、賑やかさといった「聴覚」、香りや味といった「嗅覚・味覚」をビジュアルで表現します。私が普段描いている花々は大抵味わうものではありませんので、あまり「味覚」にクローズアップすることはありません。今回の「和乃果」との製作では、味覚的なイメージを強く意識しています。

 例えば、春のパッケージに採用いただいた「桃の花」は、色合いで春の華やかさを表現する一方で、ふとすると香ってきそうなイメージに仕上げました。花の絵から、実の味わいまでを感じていただけたら嬉しく思います。夏用に描いた「ぶどう」は、果汁があふれて滴るようなみずみずしさを表現しました。

 また、「桃」と「ぶどう」は、豊作の象徴として『古事記』に登場している果実です。そういった豊かさのようなイメージも頭の中に入れながら、製作を行っております。

 こうして商品に関わることで、「ろうけつ染め」という言葉が表に出ていくことになります。それはもちろん、私の活動にもプラスになること。作品自体を見ていただくことも大事ですが、私はそれと同じくらい多くの人の手に届けることも大切だと思っています。私が行う「ろうけつ染め」は二次元的な表現となることが多い。印刷物をはじめ、様々な用途があると思っています。媒体を変えての作品づくりは、一つの方向性として今後も続けていきたいと思います。

染色家・古屋絵菜の、ろうけつ染め。

 「古屋絵菜」は花々を描くろうけつ染めアーティストとして活動しております。私が新しい花を描くときはいつも、花について調べます。そうしているうちに神話類までたどり着き、情報は自分の中に蓄積されていきます。知識を得ることで、自分が描く作品にその影響が加わる。花はただ綺麗、可愛いだけではありませんから、例えば神話に語られるような「神秘性」の要素まで、表現したいと思っています。

 自身の作品の特徴としては、陰影があることが一つ。私の技法は一般的な「ろうけつ染め」の技法とは少し異なります。よく知られている「ろうけつ染め」は、白い布に熱く溶かしたろうを置き、ろうが乾いたら藍染のようにたぷんと浸けて染め、ろうを取るとその部分が白く残っているというものです。

 私の染めは、真白なシルクの布に「この色にしたい」という色を、染める。それも浸して染めるのではなく、筆と刷毛(はけ)を用いて水彩画を描くように色を置いていきます。色を染めたら、残しておきたい染めの上にろうを置く。花びら一枚一枚、うすい色から濃い色へと、どんどん重ねて染めていく。その過程を繰り返すことで、グラデーションや陰影が一枚の作品の中に生まれます。

 私の染めは、着物の染めを原点とする母譲りの技法です。これほどにまで時間をかけて、細かく染めている作家は他にいないと思っています。手間はかかりますが、私にはこのスタイルが合っている。私は、幼い頃から絵を描くのが大好きで、自然を描く日本画家になりたいと思っていた時期がありました。だから、「染色」でも、絵を描く作業に近い染めが私はよかったのです。

 ちなみに今回、保坂さんとの雑談から「和乃果」のロゴの書もお任せいただきました。実は、字を書くのも大好きで、習字の師範免許を持っています。とはいえ、「和乃果」のロゴはいわゆる書道のような手本のある書体とは違います。柔らかさや繊細さ、品など、イメージのある書体としました。書は、まだまだこれからの分野ですが、自分の書が生きる場と出会えることを愉しみに、深めていきたいと思います。

花々と自然、畏怖の念を抱くほどの美しさ。

 近頃はとくに、自然の中に身を置いて製作をすることが自分にいい影響を与えてくれていると思うようになりました。自然の音を聴いたり、水の冷たさに触れたりしていると、五感が冴えるのを感じます。自然には無駄がない。何より、単純に美しいと感じます。古来より自然を神様としてきた日本人は、自然を讃えることや敬うこと、そのあたりの感性が本能的に備わっているのではないでしょうか。自然こそすべての権現とする日本の宗教的観念が示すことは、まさにそうなのだと思います。

 自然の中で感じることは年を重ねるごとに変わり、それも面白いと感じます。でも、変わっているようで実は変わっていない、とも思う。表現できる手段を持てるようになったとか、気付けることが増えたとか、そういう変化なのかもしれません。

 花も自然も、ただ美しいだけではありません。私が描く花も、可愛らしい以外の側面をとても大事にしています。作品の中に、「少し怖い、と感じる程の美しさ」を見ていただけたら嬉しく思います。見た目だけではなく、ものの見方に刺激を与えてくれるような作品を手がけていきたい。ただ「可愛い」だけではなく、その奥の、もっと本質的な何かが目に映るような…。

 最後に、「和乃果」のお菓子は、大切な人たちに胸を張って紹介したくなるものばかり。私自身も商品のファンで、自分用にも贈答用にも利用させていただいております。「難しい」と言いながら難しいものに挑戦したい欲求のある中村シェフと、真っ直ぐなこだわりに妥協のない保坂さん。「和乃果」の皆様との作品づくりは普段の製作とはちょっと異なる分、私にとってもやはり難しい。そして、楽しい。これから製作する秋と冬のパッケージ(染め)も、是非ご期待ください。

古屋 絵菜/Ena Furuya

山梨県生まれ。2011年、武蔵野美術大学工芸工業デザイン科テキスタイル大学院修了。染色作家である母の影響を幼少期から受け、武蔵野美術大学在学時にろうけつ染めを本格的にスタート。現在も主にろうけつ染めを用いて、花をモチーフとした作品を制作・発表している。2013年にはNHK大河ドラマ『八重の桜』において、5月度のオープニングタイトルバック用に作品を提供。近年は上海でも展示を行い、その活動は日本国内にとどまらない。

撮影:武部 努龍 文章:小栗 詩織